「日本的高卒就職システム」の現在 工業高校からの就職編 | キャリアコンサルタントドットネット

「日本的高卒就職システム」の現在 工業高校からの就職編

[記事公開日]2019/05/01
[最終更新日]2021/09/14
高卒の就職システム

工業高校からの就職 問題の所在

工業高校は、高等学校各学科のなかでも、もっとも就職率の高い学科のひとつである(図表5-1)

高卒の就職システム1工業高校の就職率は、1980 年代まで 80%前後で推移したが、90 年代から 2000 年代前半にかけて低下し、2004 年に 52.2%前後で底をみた。

しかしその後は上昇し、2010 年代後半には 70%近くまで持ち直してきた。

第 1 章でも言及されているように、高卒就職全体の状況は 2010 年代を通じておおむねリーマンショック前の水準まで復調した(特に男子)。

しかし、その中身をみると、回復の程度と卒業者規模の観点から復調の主因は工業高校にあるといっても過言ではないだろう。

本章はその工業高校に焦点を当て、就職指導の現状と課題を明らかにする。

高卒就職は、バブル経済崩壊後の新卒採用の抑制やリーマンショックによる求人激減など、ときどきのドメスティックな、あるいはグローバルな経済変動に左右される。しかし、経済地理学の研究課題として指摘されてきたように、労働市場には地域的な多様性とそれを発生させるメカニズムがあるため、上記のような経済変動が労働市場に及ぼす影響は地域に応じて同一でないと推察される。高卒就職は、そうした多様な地域労働市場と学校との関係のもとに成り立っている。

工業高校に限定すれば、堀(2016)が地域労働市場の特質と工業高校の関係性から就職指導のパターンや工業高校生の地域移動のパターンを見出し、地域が生徒のキャリアを規定する可能性を示唆している。また、片山(2015)は「ものづく
り」という規範が地域労働市場から浮上してきたとの仮説を検証し、1990 年代以降の工業高校の復活を説明している。さらに尾川(2012)は、地域労働市場に関する教師の認識が学校での生徒指導・進路指導の「指導の型」の基盤になっている側面を示唆している。

こうした最近の工業高校研究は、労働力需給という量的側面からも工業教育の意義と内容という質的側面からも、学校と地域労働市場の密接な関連性を明らかにしてきた。

では、そうした工業高校と地域労働市場の関連性は、近年の景気変動のなかで高卒就職にいかなる結果を生じさせたのか。とりわけ 2010 年代後半の「売り手市場」下で、工業高校の就職指導はどのように行われているのか。これらのことを本章では検討していきたい。

加えて、工業高校からの就職の実態を明らかにするうえでは、学校教育における現代的課題や教育改革の動向も看過できまい。とくに、キャリア教育や近年の子ども・若者に関するさまざまな認識や政策動向が高校職業教育や就職指導の理念や方法に影響を及ぼしていると推察される。

とくに本章では、進路指導・キャリア教育および就職指導への影響に着目し、工業高校における指導の質的変化の兆しをとらえることで、高校生をめぐる就職支援に関する制度的課題について試論的に指摘していく。なお、本章では、2017 年実施の本調査で得られた学校提供資料およびヒアリング結果に加え、1997 年および 2007 年の調査で得られた学校提供資料およびヒアリング結果を適宜参照する。

調査地域における工業高校の就職動向

まず、調査校が所在する都道府県の特徴を、2007 年調査による分類および 2017 年調査における分類にしたがって整理したものが図表5-2である。高卒の就職システム2地域の特徴は各都道府県のデータにもとづいて抽出されたものであるため、各都道府県の平均的な傾向を示している。

しかしながら、同一の都道府県内においても県庁所在地や地方中核都市周辺の状況と、そうした都市から地理的に離れた中山間地域などの状況では、生徒像や労働市場などの点においてかなり違いがみられる。

本調査においても、いくつかの調査校は各都県の県庁所在地に、いくつかの調査校はそこから遠く離れた地域に位置している。

そうした学校の所在地の地理的特徴は、図表5-2に整理されたほどには単純ではないため注意が必要だが、調査対象校を取り巻く環境をおおまかに推察するうえで、これらの分類は助けになるであろう。

そのうえで、就職者割合が比較的高い工業高校の就職環境を製造業求人の割合という点から整理すれば、2007 年から 2017 年にかけて、製造業求人の割合は全国的に低下した。青森県や東京都、高知県はもともと製造業求人の割合が低いが、比較的割合が高い地域である長野県(54.8%→40.9%)、秋田県(43.0%→27.9%)、島根県(45.2%→26.5%)でも大きな落ち込みが観察された。ただし、その内実として、秋田県や島根県で製造業求人の数自体に大幅な減少がみられるわけではない。つまり、製造業以外の求人が増加し、生徒にとっては(魅力的かどうかは別として)多数の業種が選択肢として選べるようになったわけである。

次に、本調査で対象となった都道府県における「工業に関する学科」卒業者の就職率推移を比較したのが図表5-3である。高卒の就職システム3この 10 年間の動向を概括するならば、青森県、秋田県、島根県で就職率が相対的に高く、東京都、長野県で相対的に低い。埼玉県や高知県はその中間に位置しているといえる。

全体的な就職率は、2010 年代を通じて緩やかに上昇してきた。2007 年時点でもっとも就職率が低かった長野県においても、2010 年代前半に 10 ポイント以上上昇している。このように、工業高校生の就職状況は好転してきたといってよい。2007 年調査直後のリーマンショックによる就職率の落ち込みは、青森県、埼玉県、東京都、島根県と高知県において一定の影響が見受けられる。その後の趨勢には違いがあり、東京都は緩慢に、青森県や島根県は急激に復調した。

リーマンショックにともなう大都市求人の激減は、地方の工業高校生にとっては一時的な問題として経験されたといえるだろう。なお、リーマンショックによる影響は、秋田県および長野県ではあまり明確には観察されなかった。

以上のように、地域的な趨勢の差異はあれ、工業高校をとりまく就職状況は製造業以外の求人も増加しながら全体的に復調してきた。こうしたなかで、各学校における具体的な就職指導の内実も、従来の形態に回帰していったのだろうか。結論を先取りすれば、就職率という表面的な数値は回復したものの、具体的な就職指導の様相や指導上の課題といった質的な部分では、前回の 2007 年調査時点と比較していくつかの重要な変化が見受けられた。

以下では、本調査で対象となった工業高校各校の具体的な進路動向や学校像の変容、最近の就職指導の課題について、ヒアリング調査および学校提供資料にもとづいて明らかにしていきたい。

調査対象工業高校の進路動向

本節では、調査対象工業高校へのヒアリング調査および学校提供資料の整理にもとづきながら、各校の進路状況の推移を確認しておきたい。

図表5-4の左軸は進路別卒業者数を、青森県、島根県、高知県の右軸は就職者を分母とした県内就職者の割合を示した。なお、秋田 G 併設高校は創設間もなく趨勢を把握することができないため、ここでは割愛している。

高卒の就職システム4まずは、流出地域に所在する青森 B 工業高校から確認していこう。

2000 年代後半に就職者割合の推移は、前節でみた青森県工業高校全体の動向と同様に緩やかな上昇傾向を示している。2000 年代を通じて県内就職者割合が顕著に低下してきたが、リーマンショック後にやや上昇した。

しかし、2010 年以降は再び低下し、最近は約 10 年前の水準をも下回るようになっている。青森県全体での高卒者の県内就職率は 2010 年前後に上昇し、2010 年代は横ばいで推移してきたが、同校は異なる傾向を示している。

次に、首都圏流入地域に所在する埼玉 E 工業高校について。同校における就職者割合は1990 年代と 2000 年代を通じて浮沈を繰り返してきたが、最近 10 年間では就職率が緩やかに上昇してきた。図表5-3で示された県内工業高校全体の上昇と同様の傾向だが、程度の面ではやや緩やかである。卒業者数が 1990 年代と 2000 年代を通じて減少した後、最近 10 年間は安定ないし微増している。

おなじく首都圏流入地域に所在する東京 B 工業高校について。同校では、都内工業高校の全体的な傾向に比べて就職者割合の上昇度合が大きいように見受けられる。同校の注目すべき点は、就職者数の増加だろう。卒業者数も増加傾向にあるが、その内訳は就職者数が徐々に増加しており、2016 年度には 2009 年度の 1.6 倍の就職者を輩出した。

続いて、長野 M 工業高校について。同校では 2000 年代末には全体の 3 割にまで低下した就職者割合が、2010 年代半ばに 5 割から 6 割まで回復している。

2000 年代半ばには就職者数と拮抗するほどの 4 年制大学進学者を輩出し、「推薦」制度を通じて工業系の大学に入学しやすい「進学校」化したかのように見受けられたが、しかしリーマンショック後から就職率が上昇し、2017 年 3 月卒では約 6 割まで回復した。

次に、流出地域に所在する島根 Q 工業高校について。同校の就職者割合はもともと低くなかったが、リーマンショック後の 2009 年に低下した後、2010 年代に回復している。島根 Q工業高校は 2007 年の調査対象となっていなかったため、1997 年から 2006 年にかけての進路データを欠いているが、1990 年前後の状況と比べると卒業者数の減少が甚だしい。2010 年代を通じた変化として目を見張るのは、県内就職率の上昇である。島根県の県内就職率が顕著に上昇していることは第 2 章でも示されているが、島根 Q 工業高校においてもその傾向が明
白である。2000 年代末の時点では、先に見た青森 B 工業高校と同様、県外就職が主流だったにもかかわらず、ここ 10 年の青森 B 工業高校と島根 Q 工業高校は、真逆の就職動向を示しているのである。

県内就職率の上昇は、同じく流出地域に所在する高知 B 工業高校でも観察された。島根 Q工業高校ほどではないものの、第 2 章で示された県全体の傾向と足並みを揃えるかのように県内就職率が回復してきた。高知 B 工業高校は、1990 年代まで県内就職が 7 割と支配的であった。

当時は県内の非製造業に就職する生徒もいたが、2000 年代半ばに県外から製造業求人が寄せられるようになり、専門性を活かそうと県外就職率が上昇したものと考えられている(堀 2016)。そうして県内就職者の割合は低下し、2000 年代後半には 3 割程度になったが、リーマンショック後から緩やかに復調し、2015 年度には 65%を超えた。2016 年度には 45%程度に再び低下しており現時点で今後の推移を見通すことは難しいが、一時の県外志向はやや落ち着き、県内企業に目を向ける生徒が増えつつあるという傾向は指摘できるだろう。

以上のように、2010 年代を通じて全体的に就職者割合が高まってきたが、流出地域における県内就職率については顕著に上昇した学校(地域)と、低下した学校(地域)に分化してきた。この違いの背景は、第 4 節にて、各校の具体的な就職指導の実態から探ってみたい。

工業高校における生徒像の変化と進路指導・キャリア教育の取り組み

高卒12就職環境の好転とともに就職率が復調し、青森 B 工業高校を除く流出地域では県内就職率が高まりを見せるなかで、工業高校自体にはどのような変化があったのだろうか。本節では工業高校の内部に焦点を当て、1.入学者や生徒像の変化、2.進路指導・キャリア教育の体制と取り組み、3.職業体験活動・実地学習(企業見学、インターンシップ、デュアルシステム)の実態について、ヒアリング結果と学校提供資料をもとに整理しておきたい。

1 入学者や生徒像の変化

高卒6丁目18 歳人口減少の影響もあり、全体として工業高校の生徒は減ってきている(第 1 章を参照)。今回の調査地域では、青森県、秋田県、島根県、高知県が人口減少地域として挙げられる。こうした全国的な動向のなかで、今回の調査対象工業高校においても卒業者数の減少が観察されるが、最近 10 年間の変化という点では埼玉 E 工業高校、東京 B 工業高校、長野 M工業高校の減少幅は相対的に小さいといえ、むしろ前者 2 校では増加傾向すら観察される。対して、青森 B 工業高校では 300 人規模だった卒業者数が 200~250 人規模に縮小しており、少子化傾向を反映している。さらに島根 Q 工業高校では、調査時点で学科の廃止や再編、入学者定員や教員定数の縮小が進行しており、今後もさらに卒業者数が減少していくと見込まれる。高知 B 工業高校においてもここ数年卒業者数が減少しており、今後卒業者数を維持できるかは予断を許さない。
こうした生徒や教員の数の減少だけでなく、入学者の質の変化も工業高校での教育実践に難しさをもたらしている。とくに学校での学習や進路にむけた意識や価値観の面で、生徒や保護者が変化しているとの認識が地域を問わず広まっていた。

生徒数や入学者が減少したことで、個別指導がしやすいというメリットがあるように思われる。しかしながら、教員にとっては「ゆとり世代」といった言葉が象徴するように一人一人に手がかかるケースが多くなり、また家庭や生徒の価値観も多様化して苦労が増した、との声が聞かれた。とくに進路形成にかかわって、ある学校では、「生徒のほうが最近、大手志向ではなくて自宅から通いやすい。あとは自分の時間が欲しいので、休みがとれる会社であれば、お給料はあんまり気にしませんとか、最近、結構変わってきていますよ。会社の名前を見て決める。あと、お給料がいいところで頑張りたい。野心があるというよりは、自分の
時間を持ちたいというような形態に変わってきています」というように、生徒の就職意識に変化がみられるという(埼玉 E 工業高校ケース記録)。会社の知名度や給与の高い企業で頑張りたいというような野心的なキャリア展望というより、自分の時間を持ちたいといった生活展望を重視するように変わってきたと、教員たちは認識しているようである。
さらに、就職に対する価値観のみならず、就職に向けた情報収集の方法にも大きな変化があるようだ。フォーマルあるいはインフォーマルなかたちでの先輩からの情報というのは、以前から情報収集の経路としてあったものであるが、近年はインターネットや SNS を通じた企業情報の収集が加わっている。たとえば、秋田 G 併設高校では、直接面識のない先輩ともSNS 上で生徒がつながっていることがあると指摘されており、職場の状況を尋ねるなどできることはメリットといえるかもしれない。しかし他方で、埼玉 E 工業高校では、生徒のみならず保護者までもが SNS やインターネット掲示板を見るなどして「ブラック企業ではないか」と教員に聞きに来ることも多く、インターネット上の情報に左右されやすくなっているとの指摘も聞かれた。

以上のような最近の変化に加え、前回 2007 年調査から問題視されていた入学者の学力低下も依然として課題であり続けている。工業高校において学力低下がもっとも問題になりやすいのは、やはり直接に就職機会を左右することになる資格取得の場面であろう。試験の合格が芳しくない場合には補習時間を増やすなど、教員による工夫の必要性を指摘する声もあった(たとえば、青森 B 工業高校や長野 M 工業高校など)。しかし、そうした学校・教員側の努力や心配をよそに、求人回復もあってか「最近は、学校生活を頑張らなくても就職できる、といった意識が高まっているのか、卒業見込みを得られない生徒が増えている」という
指摘も聞かれた(高知 B 工業高校ケース記録)。

さらに、工業高校が対応を迫られている課題として、従来あまり見られなかったような、建設業・製造業からの女子生徒への期待や、特別な支援を要する生徒をはじめとする多様な生徒の特性やニーズにどう対応していくかということがあげられる。これらについては第 6節で詳述する。

2 進路指導・キャリア教育の体制と取り組み

以上のように入学者像や生徒像が変化するなか、各学校ではどのような進路指導・キャリア教育の体制を敷き、どのようなカリキュラムを編成・実施しているのだろうか。就職状況の特徴とともにそれらを整理したのが、図表5-5である。高卒の就職システム5調査対象となった工業高校の進路指導部構成人数は、最少が島根 Q 工業高校で 5 名、最多が東京 B 工業高校で 12 名となっていた。

また、どのような教員が進路指導部を構成しているかについて、ヒアリング調査の結果を整理すると、おおむね学科や学年からバランスよく進路指導部員が拠出される傾向にあった。2007 年調査時と比較して、青森 B 工業高校、埼玉E 工業高校、東京 B 工業高校、長野 M 工業高校で進路指導部のスタッフが増員されている。

進路指導の進め方として、ほとんどの学校で 1 年次から進路ガイダンスや進路希望調査を実施している。さらに、複数の学校において 1 年次から企業見学を実施している。2 年次の2 学期から 3 学期かけては進学か就職かの希望調査が実施される。多くの学校は 3 年次の 1学期に三者面談を行い、就職希望者には就職先の最終希望を提出させている。前年度の求人票を参考とした企業選びを 3 年次の 1 学期に行わせ、7 月の求人票の解禁に先立って就職希望を形成させるケースもある。

ところで、1999 年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について(答申)」で「キャリア教育」という言葉が使われて以降、キャリア教育政策が展開されてきたが、学校現場への浸透という点では多くの課題が指摘されている(たとえば、藤田 2014)。

とくに就職者の多い専門高校では、従来的な職業指導や就職指導、後述する職業体験活動のみをキャリア教育ととらえ、「本校では以前から熱心に取り組んでいる」とする場合が少なくないが(尾川 2017)、今回の工業高校でのヒアリングでも同様の認識が見受けられた。たとえば、秋田 G 併設高校の「工業 3 科については、学んでいることそのものがキャリア教育なのだから、わざわざこれ以上のことをする必要はない。むしろキャリア教育が必要なのは、普通科の生徒であろう」(秋田 G 併設高校ケース記録)といった認識が示された。また、ほ
かの工業高校では、キャリア教育政策の推進前から工業高校では職業観とか技術を磨いてきたのであり、以前から十分行ってきたという認識や、今までやってきたことを継続したり発展させたりすればよいといった認識が示された。

他方、調査対象工業高校のなかには CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)資格を保有する進路指導部長もおり、自校でのキャリア教育は十分ではないと辛口の自己評価を行うケースも見受けられた。キャリア教育の理念や内容をどのように理解するかに応じて、キャリア教育推進に対する自己評価は異なっている。このことはひるがえって、工業高校の教員のあいだでもキャリア教育の理念や考え方に関する共通認識が未形成であることを示唆しているといえる。
とはいえ、高校入学時点や高校生の段階で自らの適性を把握したり、生徒自身が意識的にキャリア発達を自己促進したりすることは、現実的な問題として難しいだろう。そのことをもはや入学者に求めようとしない工業高校の教員も、少なくないのかもしれない(尾川 2012)。

したがって、工業高校におけるキャリア教育推進の文脈では、以前から力を入れてきた職業体験や企業実習をより充実させ、それらと学校内での日々の学習をつないだり職業観・勤労観の醸成に努めたりすることが大切だと考えられているようである。このような考え方の背景には、職業体験的な学習活動や企業などでの実地学習が工業高校の重要なカリキュラムとして位置づいてきたことが挙げられよう。

3 職業体験活動・実地学習(企業見学、インターンシップ、デュアルシステム)の実態

高卒5図表5-5から分かるように、すべての工業高校では進路指導・キャリア教育の一環として職業体験的な活動や企業等での実地学習を実施している。1 年生の段階からバスツアーなどによる県内・県外の企業見学・工場見学を実施する学校は少なくなく、2 年生の 2 学期から 3 学期にかけて地元企業でのインターンシップを経験することはすべての調査対象工業高校に共通していた。また、複数の学校がデュアルシステムを導入している。このように、多くの工業高校において、1 年生から 3 年生にかけて見学から実習へ、段階的に内容を高度化させる職業体験・実地学習カリキュラムが編成・実施されている。

職業体験活動や実地学習が重視され、積極的にカリキュラムに組み込まれていることは、工業高校における進路指導・キャリア教育の特徴といえるだろう。2004 年度には文部科学省による「専門高校における『日本版デュアルシステム』推進事業」が開始され、全国 15 地域20 校が優れた取り組みとして選定された。選定された高校のうち半数以上(11 校)が工業高校であったことも、専門高校における企業実習の推進が工業高校を中心として進められてきたことを象徴しているといえよう。

それらの指定校のなかでも、東京都立六郷工科高校のデュアルシステム科が比較的長期の企業実習をカリキュラム化しており2、全国的に普及していくモデルと目されていた(佐々木2005)。しかしながら、デュアルシステムを推進していくなかでデメリットなども多く指摘され、全国普及もままならない状況にある。文部科学省が 2014 年に提出した資料には、次のような事業評価が記されている。
デュアルシステムについては、平成 16~19 年度に、「専門高校等における『日本版デュアルシステム』推進事業」を行ったが、①受入れ先の不足、②企業側の人的・物的負担、③安全確保策の負担、④連絡窓口など学校側の負担などの課題があり、全国実施には至っていない。
(産業競争力会議 雇用・人材・教育 WG(第 2 回)平成 26 年 12 月 16 日 文部科学省提出資料 www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/koyou/dai2/siryou2.pdf(2018 年 6月 3 日最終閲覧)

東京都では 2010 年代にもデュアルシステムを導入する工業高校が見受けられたものの、他県ではデュアルシステムの運営に行き詰まりを見せる事例も報告された。たとえば「京都版デュアルシステム」として発足した京都府立伏見工業高校キャリア実践コースは、2007 年の発足後数年のうちに募集定員が縮小され、教育課程における就業体験の位置づけも大きく変更されたという。「第 1 学年では数回の企業見学を行うだけとなり、従来第 1 学年におかれていた就業体験は第 2 学年に繰り上げられ、いわばこのコースの目玉であった長期の就業体験は第 3 学年のみとされた」(荻野・佐藤 2012、p.144)。

同様の事例は他の地域・学校でも見受けられるものであり、インターンシップやデュアルシステムといった学習の具体的な中身は確立され共有された方法に裏付けられているわけではなく、各校(各地域)の状況によってかなり柔軟に定義され、実施され、場合によっては廃止されているのである。

専門高校等における「日本版デュアルシステム」に関する調査研究協力者会議(2004、p.4)によれば、「いわゆる『インターンシップ(就業体験)』は、社会人・職業人として求められるルールやマナーを身に付け、勤労観や職業観を育み、比較的短期の職業体験により、学校の学習と職業の関係の理解を促進し学習意欲を喚起すること、自己の将来について考える機会とすることなどを目的とするものである。『日本版デュアルシステム』は、これらに加えて、長期の企業実習を通じて、実際的・実践的な職業知識や技術・技能を習得し生徒の資質・能
力を伸長するとともに、勤労観、職業観をより一層深めることなどを主な目的とするものであると考える」。

しかし、デュアルシステムと銘打っていても数日間から 2 週間程度の限定的な期間で企業実習を行うケースがほとんどであり、本調査の対象工業高校でいえば、高知 B工業高校のデュアルシステムも 2 年生 3 月の 5 日間に限定されている。デュアルシステムを導入した当初から、同校教員は次のように語っていた。「ほんとうにみんな(=生徒:引用者注)、疲れていると言っていました。5 日間の期間はどうだということで、5 日間以上はやりたくないし、5 日間未満ではちょっと物足りないということで、やっぱり 1 週間ぐらいが、生徒にとっては一番よかったんじゃないかなと思います」(労働政策研究・研修機構 2008b、p.300)。その慣習が 10 年後の現在にも引き継がれているように推察されるが、職業観・勤労観に働きかけることを意図する数日間のインターンシップとの違いが曖昧である感は否めまい。

このように、工業高校が大事にしてきた職場体験や企業実習の内実は地域ごと、また学校ごとにさまざまである。これらの教育活動が生徒の進路形成をうながすよう有効に機能する要点は、いまだ共有されているわけではない。

就職指導の実態

次に、3 年次での具体的な就職指導の進め方に焦点化していこう。ヒアリング結果から整理される各校の就職指導の概要を図表5-6に示した。高卒の就職システム6第 3 章でも述べられたように、工業高校においても一人一社主義の就職指導が主流であった。本節では、その実態について 2017年調査の結果から簡単に概観した後、最近 10 年間に生じた大きな変化として、県内就職率の変化に焦点を当ててみたい。

就職地域について、労働政策研究・研修機構(2008a)が示した地域類型によると、類型 1(流入地)の東京、類型 2(バランス)の長野では相変わらず県内(都内)就職率が高い。他方、第 2 章で示されたように、類型 3(流出地)に位置づく青森県、秋田県、島根県、高知県では県内就職率が上昇してきた。しかし、本章が扱う工業高校に限定すると、流出地すなわち流出地域における県外就職率の低下(県内就職率の上昇)は、ある学校(地域)ではあてはまり、ある学校(地域)ではあてはまらない。そこで本節では、流出地域に所在する調査対象工業高校を県内就職率が上昇した学校(地域)と低下した学校(地域)に分類し、そのような異なる趨勢を示す各校の状況について教員の認識を交えて検討していく。

1 一人一社制の現在:校内選考の限定化・局所化

高卒2応募にかかる一人一社制は高卒就職の特徴ともいわれ、現在も各地域で広く採用されている。1970~80 年代には「就職希望者ひとりに一社しか学校推薦を与えない高校での」就職指導の方針・慣行として、「一人一社主義」が取り上げられた(苅谷 1991、p.20)。しかし現在では「一人一社制」として、すなわち単なる学校の方針・慣行ではなく各都道府県内の申し合わせで「生徒は複数の企業をかけもちして受験できない」(堀 2016、p.5)制度として、学校による就職斡旋、生徒の求職活動、企業の求人活動などを規定している。この制度の運用のされ方は都道府県によって異なるが、一定期間、生徒の受験先企業を一人一社に限定させる(専願で受験させる)都道府県が多数派となっている(第 3 章を参照)。

調査対象地域のうち多くの都県では、10 月や 11 月に一人一社での専願受験の制約がなくなる。しかし、調査では、複数社への応募可能な期間においても一人一社に絞って応募させる就職指導の文化が見出された。たとえば、高知 B 工業高校では専願で受験することを前提として生徒に指導しており、これは 2007 年の前回調査時点から変わっておらず、ここには学校側の「一人一社主義」が根付いている。

しかし、就職指導における一人一社主義が不変とはいえ、生徒が学校推薦を獲得するための校内選考は、従来指摘されていたようなメリトクラティックな競争(苅谷 1991)となっているわけではなかった。というのも、各校でのヒアリングでは、担任教諭や生徒、保護者との面談などを通じて就職先希望の重複や競合の多くは解消されていくことが示唆されたからである。埼玉 E 工業高校では、これまで学科担当の教員が中心となって就職指導を行ってきたが、面談や相談など学級担任による指導割合を大きくした結果、2017 年度に校内選考の対象となったのは数社にとどまったという。長野 M 工業高校においても 2016 年度に校内選考にかかった生徒は 20 人強に過ぎず、2017 年度は進路相談の過程でもっと少なくなるだろうと見込まれていた(詳細は各校ケース記録を参照)。

調査対象地域のなかでは唯一秋田県で、新規高卒者が 1 人 3 社まで応募・推薦することが認められている。

実際、秋田 G 併設高校では企業から応募者を絞ってほしいと要請されない限り校内選考が行われないが、企業に事前に事情を説明すると予定以上に採用してもらえることもあるという(詳細は秋田 G 併設高校ケース記録を参照)。
同校の工業 3 科に限っては、競合が予想される他生徒の進路希望を生徒自身が把握し、成績等を勘案して希望を変更する、いわゆる「自己選抜」(苅谷 1991)的な調整を行う生徒が多いようであり、校内調整は不要であるという。実は、2007 年調査の時点で、工業 3 科の前身である秋田 I 工業高校では一人一社主義を堅持した就職指導が行われていた(労働政策研究・研修機構 2008b)。

しかし、合併後の秋田 G 併設高校では、工業以外の学科の生徒が自己選抜を行う様子はなく、希望者が求人数を上回った場合ですら教員が調整することなく、企業へ事情説明や求人増枠を依頼するなどして希望者全員を受験させている。こうした他学科の指導方針が合併前の秋田 I 工業高校の指導文化を希釈したかどうかは定かでないが、現在の工業 3 科の就職指導は秋田 I 工業高校の就職指導から変貌を遂げたようである。ただし、生徒の自己調整によって一人一社主義が実質的には維持されているようにも見受けられる。

以上のように、工業高校での就職指導にも校内選考の限定化・局所化のような事態が生じており、全生徒を巻き込むメリトクラティックな選抜(苅谷 1991)は強調されなかった。むしろ就職指導は、保護者も含めた相談過程としての性格を強めている。その意味で、一部の学校で言及された自己選抜的な生徒の希望変更についても、第 2 節で述べたような職業達成や競争にこだわらない近年の新しい生徒像・就職観のもとで再解釈されるべきだろう。

なお、第 1 次内定率は東京 B 工業高校のみ 5~6 割にとどまっており、2007 年調査時よりも低下している。同校では「来校する企業は積極的ではあるが、必ずしも採用されるわけではないので、生徒には気を抜かぬよう準備をさせている」という(東京 B 工業高校ケース記録)。他地域の第 1 次内定率は高水準で、また 2007 年調査時より上昇している学校もあるため、学校もしくは地域によって採用をめぐる学校と企業の関係性が異なっている可能性がある。

2 県内/県外への就職:県内就職率が上昇した島根 Q 工業高校と高知 B 工業高校

高卒190就職をめぐる競争規範のかわりに、今回の調査過程で生徒の就職意識として言及されたのは、就職地域の希望、すなわち生徒の県内志向や県外志向であった。調査対象の工業高校のなかで最近 10 年間のうちに県内就職率が上昇したのは、島根 Q 工業高校と高知 B 工業高校のみであった。青森 B 工業高校においても県内就職率は一時的に上昇したが、2010 年代に入ると低下しはじめ、2017 年調査時点では 2000 年代の水準を下回るまで低下した。これらの学校でのヒアリングでは各校・各地域に応じた異なる状況が示唆されたため、以下で検討しよう。
まず、全体的な動向と同じ動向を示した島根 Q 工業高校について。同校では、2007 年時点で 30%程度だった県内就職率が 2017 年には 60%へと上昇している。この間の数値の上下動は激しかったが、長期的にみると確実に県内就職率は高まっている。こうした傾向の背景について、進路指導担当の教員の認識を参考に探っていこう。

島根 Q 工業高校が所在する地域は、従来から「一度は県外に行ってこい」という保護者が少なくなく、また教員の勧めに応じて県外企業に就職する生徒も多かった。現在もそうした雰囲気は残存しているが、一方で「実家に残ってほしい」「遠くはちょっと・・・」という意向を示す保護者が増加し、二極化が進んでいるような印象を受けるという。「生徒が、遠くに行って働きたいと思っていても、最後、親御さんがあまりいい顔をしなくてというケースがだんだん増えてきた」。「生徒が、“自分はこういう理由で頑張るんだ”ということを主張するのをやめて、以前だったら、ケンカしてでも(県外に)出るということはあったんでしょうけど」。「“親が言うなら近所のあの会社にする”とかが目立つようになってきましたね」。「(保護者の)意向に沿ったような。それがだめというわけじ
ゃないかもしれませんけれども・・・」。こうした県内志向の高まりにより、県外求人に生徒を送り出せない年が続いて、指定校求人を寄せてくれていた県外の実績企業から求人が来なくなってしまう、という状況も生じている。逆に、県内企業からの指定校求人は増加し、熱心に学校訪問に来るようになった(2017 年度の学校訪問企業数は、2016 年度に比べて倍近く増加している)。
(島根 Q 工業高校ケース記録)

このような県内企業の求人活動の活発化を示すひとつの指標が、求人の提出時期であろう。

第 2 章で示されたように、人材送出地域においてはどこもハローワークが地元企業に求人提出時期を早期化するよう働きかけている。島根県も例外ではなく、ここ数年の間に 6 月時点で求人提出を行う県内企業の数が飛躍的に増加した。その結果、島根 Q 工業高校の生徒にとっても求人票解禁の 7 月段階で志望しうる県内企業が増えたため、それも県内就職率を押し上げた重要な要因と考えられる。
次に、2000 年代を通じて県外就職が盛んになった高知 B 工業高校の状況についてもみておきたい。高知 B 工業高校では 2017 年調査時点においても県外就職が多数派であったが、県内就職が近年増加傾向にある。2000 年代後半では 3 割前後であったのが 2010 年代では 4 割強で推移している(2015 年のみ 6 割を超えている)。この背景として、同校への求人全体に占める県内求人の割合が高まってきたことや、その地元企業が直接学校を訪問して求人を寄せるようになったことなどがあると考えられる(詳細は、高知 B 工業高校ケース記録を参照)。

ただし、同校での就職指導はどちらかというと県外企業を志向しているようである。高知B 工業高校の県外就職における「単発採用企業」は以前から相対的に低い水準にあったが(堀2016)、それはひるがえって県外企業との強いつながりが形成されており、毎年コンスタントに県外企業に送出してきたことを意味する。実際、最近も指定校求人や実績企業からの求人は大きく減っておらず、とくに県外企業(中部地方の自動車関連が多い)からは毎年求人が寄せられているという。同校の校長先生は次のようにいう。

なぜそういったことで出していただけるかということも、特に県外の企業さんがおっしゃられるのが“高知 B 工業高校の生徒は辞めない”と。定着率がいいというところも、やっぱりあるみたいです」。「踏んづけられても立ち上がる。踏んづけたらいけませんけどね。イメージとして。たくましい。ただ筋骨隆々の外見だけのたくましさやなしに、黙々と仕事に取り込める子。ここが頑張りどころやという、歯を食いしばれとは大げさかもしれんけど、そういうような根気強い生徒の育成をしているのも要因かなとも思います。(高知 B 工業高校ケース記録)

こうした状況からは、「工業高校の地域移動には就職指導の方向付けが寄与していることが推察される」(堀 2016、p.150)。高知 B 工業高校では、県外就職が主要で現実味のある就職先として認識されており、そこでやっていけるような生徒を育成するための職業指導や就職指導が行われているのである。しかしながら、そうした高知 B 工業高校においても徐々に県内就職率が上昇してきた背景には、地元求人の増加(2017 年の調査時点で、県内求人の半分弱が製造業求人)や、職業安定行政による県内企業からの求人提出の早期化に向けた取り組みなどがあったと考えられる。

これら県内就職率が上昇してきた学校(地域)においては、地元就職向上のための自治体のさまざまな施策、とりわけ労働政策研究・研修機構(2008a)が指摘した県内企業による求人タイミングの遅さを改善したことが、功を奏しているようだった。各校の就職指導の過程では地元就職ばかりが奨励されるわけではないが、県内企業による求人タイミングの早期化は、結果的に生徒の県内就職を促進することに結実したとみなせるだろう。

3 県内/県外への就職:県内就職率が低下した青森 B 工業高校

高卒4しかしながら、求人タイミングを早期化してもなお県内就職に結びつかない学校(地域)もある。先の 2 校(2 地域)と同様に流出地域に所在する青森 B 工業高校の県内就職率は、2011 年以降に低下し、現在では約 10 年前の水準を下回っている。第 2 章で示された全国的な傾向や、先にみた 2 校(2 地域)とは真逆の傾向を示しているのである。

生徒の就職地域について、青森 B 工業高校の進路指導担当の教員は次のように考え、指導を行っているという。

進路指導としては県内に行けとも県外に行けともいわない。「まず自分が一番行きたいところを考えなさいということで相談に乗るよという話をして…様々な情報は提供しなきゃいけないから、1年生から県内の企業もこうやってバスで回って歩いて様々情報を得ているし、企業の方がこの学校に来たらその話を聞いたりして、科長を通じてフィードバックして情報を流しているんですよ。」
(青森 B 工業高校ケース記録)

青森 B 工業高校においても、島根 Q 工業高校や高知 B 工業高校と同様に就職地域の水路づけが意識的に行われているわけではない。しかしながら、県内企業に比べて県外企業は自分のスキルを生かす機会や、労働条件や福利厚生の面で県内企業よりはるかに良く、就職後のキャリアや研修計画等の将来の見通しについての情報提供ができる点も異なっている。こうした求人の質の違いに加え、男子が多いという工業高校の特質なのか、保護者も県外就職に抵抗がないという点も県外志向の復調をプッシュしていると考えられる(詳細は、青森 B工業高校ケース記録を参照)。

若者が県外へと流出していく動向は青森県でも大きな問題としてみなされており、新規学卒者とその保護者向けに地元就職を勧めるパンフレットを配布するなど、地元就職の推進に取り組んでいる(詳細は、青森県 G ハローワークのケース記録を参照)。青森 B 工業高校の教員によれば、こうした自治体の施策は学校現場にも十分に伝わっている。

しかしながら、職業安定行政の取り組みは、上記のような工業高校の就職指導のスタンスや県外求人に魅力を感じる生徒・保護者らの意向を大きく変更させるには至っていない。その背景には、県外企業の求人行動があると考えられる。
青森県でも、県内企業の求人の遅さが県内就職率の低さの原因のひとつとみなされていたが、自治体等の取り組みもあって求人のタイミングはたしかに早まった(2017 年度は、7 月1 日解禁時点で県内求人が前年度の 2 倍程度)。しかしながら、担当教員が指摘したのは、県内企業の求人早期化をしのぐ県外企業の細やかな学校訪問と情報提供、情報交換であった。
担当教員によれば、県外企業は求人票解禁以前のもっと前から、むしろ年間を通じた切れ目のない関係維持に余念がなく、卒業生の働きぶりを含む情報提供や情報交換を行うために、年間 3 回程度は学校を訪問してくる。そのため、学校は生徒に対してより早く、より新しい県外企業の情報を提供することが可能となり、そのことが生徒をして県外企業への就職希望の形成を早めているのではないか、と教員は推測している。そうすると、いくら県内企業が努力して採用計画を早期に立案し、求人票が解禁となる 7 月に学校に対して求人活動を行ったとしても、すでに県外企業に遅れをとっているかたちになってしまう。これらのことから、
年間を通じた県外企業の求人活動の熱心さが、生徒の県外志向を促進し、意識的ではないにせよ生徒を県外企業へと水路づけてゆく就職指導の在り方を規定している側面があるといえるだろう。

誤解のないよう繰り返すが、教員は意識的に生徒を県外企業へと水路づけているわけではない。しかし、上記のような県外企業の熱心な学校訪問や情報提供などにより、生徒は県企業への就職希望を早期に固めてしまう。そのため教員は、県内企業に対して、もっと早い時期から情報交換・情報提供をしてほしいと依頼することしかできないという。ここから、求人の質やタイミングのみならず、求人活動のあり方が、信頼関係の面でも採用見通しという情報提供の面でも志望先としての優位性を獲得するのに重要であることが示唆される。この 10 年間で、ハローワークなどを通じて県内企業の求人提出の早期化が一定程度実現してきたが、工業高校に寄せられる良質の県外求人(建設業・製造業)に県内企業が対抗するためには、それだけでは不十分で、熱心に学校や教員と関係を築く努力や、より細やかな情報交換や時宜を得た情報提供が求められるようである。

そうした熱心な求人活動を行うことができる県外企業(とりわけ建設業・製造業関連)の数が比較的多いというのも、青森 B 工業高校の県内就職率が再び低水準に至った重要な要因だろう。図表5-7には、本節で取り上げた流出地域 3 校について、各校に寄せられた総求人に占める建設業・製造業からの求人の割合を県内/県外別に示した。さらに各校の就職者数を併記したため、就職者規模と求人数のおおまかな対比も可能である。

高卒の就職システム7これによると、県内建設業と県内製造業の求人割合は島根 Q 工業高校で抜きん出て高く、島根 Q 工業高校の県内就職率の上昇を解釈することが容易である。対して、県外就職率が高い青森 B 工業高校では、県外建設業・県外製造業からの求人割合が特段高いわけではない。しかしながら、求人数では他校に比べて圧倒的に多く、就職者規模を勘案しても県外に選択肢やチャンスが多くあるという認識が醸成されることは想像に難くない。実際、山口(2012)の調査によれば、関東地方へ就職していった青森県内工業高校卒業者たちは、学習成果を活かしたりよりよい待遇を重視したりする場合、関東への県外就職が必須であるかのように語っているのである。

第 2 章で示されたように、青森県全体では高卒者の県内就職率が高まっており、県内企業による求人提出の早期化はそれを一定程度説明しうると考えられる。しかし、青森 B 工業高校の生徒をめぐる就職環境は、そうした県内企業の努力をしのぐ建設業・製造業関連の県外企業の採用活動に大きく影響されているのである。

生徒像の多様化に対応した就職指導の必要性

高卒11前節では、流出地域の県内就職率の推移の違いを解釈するため、流出地域に所在する工業高校の就職動向を中心に検討した。しかし、流入地域の工業高校を含めたヒアリング結果の全体像をみると、就職指導をめぐって、流出地域と共通の課題や大都市ならではの課題もあることが示唆された。本節では、そうした変化に焦点を当てて、工業高校における職業指導や就職指導の今後の課題を指摘しよう。それは一言でいえば工業高校の生徒像の多様化であり、生徒の多様性に対応した就職指導の必要性が、教育学的言説と労働市場からの要請との絡み合いのなかで高まっているということである。

1 女子生徒の就職

女子にとっての工業教育の意味は、就職先とのマッチングや職場適応という観点から十分に検討されてきたとは言い難い。しかしながら、今回のヒアリング調査では、教育現場も労働市場でも女子への注目が高まりつつあることが示唆された。この背景には、「土木女子」「土木小町」「電工女子」といった職種とジェンダーをめぐる新しい言説がある。たとえば「けんせつ小町」という言葉は、建設業界における女性活躍の可能性を強調している。

「けんせつ小町」は建設業で働くすべての女性の愛称です。建設現場で働く技術者・技能者、土木構造物や建物の設計者、研究所で新技術を開発する研究者、お客様とプロジェクトを進める営業担当者、会社の運営を支える事務職など、活躍の舞台は多岐にわたります。
(一般社団法人日本建設業連合会 web サイト「けんせつ小町」http://www.nikkenren.com/komachi/overview.html 2018 年 6 月 3 日最終閲覧)

こうした業界内の新しい言説は、工業高校における就職指導にも徐々に影響を及ぼしているようである。ある工業高校の教員によれば、電気工事への入職希望を持って入学してくる女子生徒がいるが、こうした女子生徒は求人側の企業から歓迎されると予想されている。建設業界全体で若手の人材集めにかなり苦しんでいるということは一般的に知られているところであるが、企業として男子はもちろんのこと、女性従業員の割合をめぐる政策動向もあって、女性社員を確保したいという思いが感じられるというのである。学校によっては、工業高校でも女子生徒のほうが就職しやすい、といった言い回しさえ聞かれるほどである。男子生徒を要望するというより優秀な女子生徒を採用したいという企業が増えたという感触が、工業高校の進路担当者の間で広まりつつあるようである。

ヒアリング調査によれば、こうした動向は建設業のみならず製造業など、工業高校生が就職していく主要な業界に幅広く認められるようである(たとえば、高知 B 工業高校ケース記録を参照)。たとえば、3 交代制の工場労働であっても、すでに就業している女性社員の様子を引き合いに出して女子生徒でも十分適応可能であることをアピールする企業などが例に挙げられた。明示的ではないにせよ、以前は男子生徒が選好されると考えられていた職種についても状況はまったく変わっており、女子生徒でも十分働けるためぜひ採用させてほしいと依頼してくる企業が逆に増えているという。

このような女子生徒の採用に対する積極性の背景について、就職指導担当者が語るところでは、女性労働者をめぐる最近の政策動向(女性活躍推進)や施設の改善(女性用トイレの設置などによる職場美化)があるという。2014 年に国土交通省および関連団体が「もっと女性が活躍できる建設業行動計画」を策定し、建設業で活躍する女性を 5 年以内に倍増させることを目指して官民を挙げた取り組みが開始された。この計画では「男女の分け隔てなく、意欲ある人材の活躍を期待」する建設業界で、「新たな感性や洗練されたデザインセンス」「生活者目線」「コミュニケーション能力」などを活かし、また「長時間労働など、これまで男性だけでは解決できなかった様々な問題についても工夫が生まれ、効率的で快適な職場環境の整備」を実現すべく、「もっと女性が活躍するための具体的戦略、取組」が示された(国土交通省ほか 2014、pp.1-3)。翌年に実施された取組実態調査(国土交通省 2015)では、女性の「採用や登用に関する数値目標の有無」について「設定している」と「設定していないが、今後設定する予定である」を合わせた企業の割合は全体で 7 割強に達している。加えて、「設定していないし、今後も方針を立てる予定はない」とした企業においても、数値を基準とせず、性別関係なく実力本位で採用・登用するなど、必ずしもネガティブな意見ばかりではないことが示されている。女性活躍担当大臣の設置や「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」制定などの政策・法制動向と、それを受けた建設業界の施策、さらには「素形材産業の競争力強化に向けた女性の活躍推進の取組指針」(素形材産業における女性の活躍推進に向けた検討委員会 2015)など製造業界の施策が、工業高校女子生徒の採用を促しているのである。
ただし、工業高校の就職指導担当者には、設備改善や職場美化といったメリットを挙げて女子生徒の採用に積極的な姿勢を示すのは多くの場合が企業規模の比較的大きい企業であり、中小零細企業にとって女子生徒の採用にはハードルが高いのではないか、という印象もあるようだ。再び前出の取組実態調査を参照すると、「女性活躍支援に向けた取組の有無」について「現在、取組を行っていないし、行う予定もない」企業は、従業員規模 300 人以上で 0.0%であるが4、同 30~99 人で 23.8%、同 1~29 人で 46.6%に上る(国土交通省 2015)。「会社に
女性専用トイレを設置している」企業さえ同 1~29 人では半数強(56.4%)にとどまるなど、設備面での対応が追いついていない現状は、たしかにある。とはいえ、小規模企業からも採用・登用は「人物本位」「実力本位」「能力次第」といった回答が寄せられており、潜在的な需要がないわけではないと考えられる。そうした企業側の内情を見透かしてか、工業高校の就職指導担当者のなかには、業種を選ばなければ女子生徒にもかなり就職先があるとの認識を示す者もいた。
以上のように、建設業や製造業において女子生徒の積極採用の機運は高まりつつあるようである。

こうした傾向は、オリンピック景気による首都圏建設業のみならず、島根県や高知県などの流出地域でも見受けられた。業界の人材不足の解消と「一億総活躍」「女性活躍」政策に資する女性労働者の拡充という両面から、女子生徒による建設業や製造業への入職は今後ますます注目を集めると推察される。その際、工業高校での職業教育や就職指導におけるジェンダー・センシティビティなどが議論される必要性が浮上してくる可能性は小さくないであろう。すなわち、従来的な工業教育の考え方やものづくり言説、それらを特徴づけてきた「男社会」「油まみれ」といったイメージ、あるいは体力・元気が一番という世界観(尾川2012、片山 2016)に、質的な変化が生じるかもしれないのである。

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2 多様化する就職支援ニーズへの対応

高卒9月工業高校でのヒアリングにおいて地域を問わず共通に語られたいまひとつの課題は、生徒がかかえる多様な課題に応じて、就職指導をいかに個別化していけるかということであった。
制度化されたシステマティックな新卒採用の流れに適応することが難しい生徒への指導や支援、発達障害など生徒の多様性に対応した就職指導の検討が急務とされている。ヒアリング調査からは、それらの生徒やケースの対応に学校教員は困難や限界を感じており、ハローワークと連携して指導にあたろうとする就職指導の現場の様子とともに、すでにハローワークが重要な役割を果たしている実態が浮かび上がってきた。
そうした事例のもっとも典型的なものは、やはり発達障害を有する、あるいは医療機関による診断はないが発達障害が疑われる生徒の就職支援であろう。本調査のヒアリング過程において、就職内定が得られずに困っている生徒として「障害のある子」が複数の学校で聞かれた。その一方で、障害を有する生徒の就職支援にハローワークからの協力や助言が大きく役立っているという学校もあった。一般的な生徒と同じように就職活動を行っていても採用を獲得するのが容易でない生徒について、事前に連絡すれば支援可能ということでハローワークから協力を得られており「ありがたい」という声も聞かれた。そうした特性をもつ生徒のことを相談すれば二つ返事で学校を訪問してくれたり、就職試験を受験させたにもかかわらず採用に至らなかった場合に、生徒の特性にあわせて次の手を考えてくれたりするという。

このように、さまざまな種類や程度の障害を有する生徒の就職指導に苦慮している学校もあれば、ハローワークの柔軟な対応によりなんとか指導できている学校もある。さらには、喫緊の課題となっているわけではないものの、たとえば高知 B 工業高校では、発達障害をもった生徒の対応を想定して多様な特性をもつ子どもの進路先を一緒に考えられるよう、ハローワークとの連携の内容や方法を検討する必要性が指摘された。このことから、特別な支援を要する、あるいは特別な教育的ニーズを要する生徒への対応は、就職指導の場面でも準備しなければならない重要な課題として認識されるようになってきた。

しかし、「発達障害等の疑いのある生徒で手帳を所持している場合は専門援助部門に誘導できるが、そうでない場合、就職活動に消極的であったり、応募しても不採用になったりするため、未就職のまま卒業してしまう生徒が毎年のようにいる」ことも無視できぬ現状である(青森 G ハローワークケース記録)。そうした生徒たちに向けた個別的な就職支援の方法をめぐり、工業高校とハローワークの連携が模索される必要性がより一層高まっている。
もちろん、特別支援教育の重要性はもっと前から指摘されてきたことであり、さかのぼれば「教育の個性化」を謳った臨時教育審議会の時代から一人一人に応じた指導の重要性がいわれてきた。しかし、発達障害など子どもの学習上生活上の諸特性に対する学校現場での理解や手立ての必要性は、この 10 年の間によりいっそう強調されるようになったといってよいだろう。

こうした教育学側の言説や政策推進により、新たな就職指導問題が工業高校の教員にとっても喫緊の、あるいは準備しておかなくてはらない課題として立ち現れてきている。
こうした状況でハローワークの役割の重要性がより高まっている。本調査の過程で訪問したあるハローワークでは、昔は発達障害というような概念がなかったが、現在はそうした生徒に障害者手帳を発行することが増えたことで、工業高校に限らず普通高校などでも発達障害や知的障害の生徒への対応が増加している状況が指摘された。しかし、そうした生徒の就職支援をめぐって、対応を協議しようと相談を持ちかけてくる学校もあれば、ハローワークへ支援を任せきりにするかのような、学校教員の対応に温度差が感じられるという(島根 Eハローワークケース記録)。

その他に、外国籍を有する生徒に対する就職支援の課題を指摘する学校があった。移民の就労をめぐる政策は政策的にも学術的にも議論されてきたが、その子弟による学卒就職が十分に注目されてきたとはいいがたい。最近になって、2017 年 2 月に法務省入国管理局が「高等学校卒業後に本邦で就職する者の取扱いについて(依頼)」と題した文書を文部科学省初等中等教育局宛送付した。このように外国籍を有する生徒の就職環境を整える動きの兆しが垣間見えるものの、かれらのなかでも日本語能力や日本社会への適応の程度はさまざまであり、従来の就職指導では十分に対応できない困難が生じることは想像に難くないだろう。

このような近年の変化も、高卒就職の支援をめぐってハローワークの存在感を高めている。

本調査では、ある工業高校において、そうした生徒の就職指導や就職斡旋に関するハローワークからの支援が手厚く、助かっているという教員の声を聞くことができた。この学校では外国籍の生徒が多く在籍した年度があったが、かれらに対してどのような指導が必要かとハローワークに相談したところ、学校内で教員向け講習会が実施されたという。ハローワークがそうした対応をしてくれることもあり、この学校では外国籍の生徒の就職指導に関する不安は抑制され、ハローワークの対応や支援に不満もなく、逆に“おんぶにだっこ”の状態になっているとのことであった。以前、同校ではハローワークやジョブサポーターに頼ること
なく、就職に関する問題は高校側の指導で十分対応可能と考えられていたが、このような進路指導担当者の認識の変化からも上記のことがらが最近 10 年の間で対応すべき、新たな課題として浮上してきたことが読みとれる。ハローワーク担当者の印象としても「職業意識が希薄な生徒、コミュニケーション力の不足や発達障害がみられる生徒、外国籍で在留資格の確認が必要な生徒など、個別対応が求められるケースが増えている」ことが語られたのである(東京 A ハローワークケース記録)

グローバル化の主要な側面である人の移動は、ニューカマーやその子どもが日本の小学校や中学校、高等学校で学ぶようになることを意味し、工業高校もそうした生徒を受け入れるようになっている。そうした社会変動のなかで生徒像の多様性が増していけば、生徒と企業の単純なマッチングや画一的な就職指導では対応困難なケースが今後ますます増えるだろう。

現在ではそうしたケースに対してハローワークが個別相談や就職斡旋の機能を果たしているが、今後は個別的な支援の体制と方法を、学校との組織的でシステマティックな連携のもと模索する必要が高まるであろう。

以上のように、近年では生徒像の多様化に対応した個別の就職指導の必要性が高まり、工業高校でもハローワークでも認識されるようになっている。こうした実態から、景気動向や労働市場との関連だけでなく、生徒の多様性や個別の課題に敏感になるべきだという教育学的言説(教育政策)が工業教育の現場にも影響を及ぼし、就職指導の過程で特別な配慮をしなければならないとの認識を形成しているようである。すなわち、障害をもった生徒のニーズに対応するという狭義の特別支援教育ではなく、外国籍の生徒も含めた広義の特別な教育的ニーズに対応した就職指導が、現在の高校就職指導の現場の新しい課題として求められるようになっているといえるだろう。これは高校教育上の問題であると同時に、若年者雇用をめぐる政策上・行政上の問題でもあろう。高卒就職は教育と雇用・労働の微妙な関係のうえで成り立っている(苅谷 1991、堀 2016)。であれば、高卒就職をめぐる労働行政は、教育側の変化や課題にも応答してゆかねばならない、教育と雇用・労働を架橋するきわめてセンシティブな営みであるといえるだろう。

工業高校生に対する就職支援の現代的課題

客観的以上より、最近 10 年間の工業高校における就職動向や就職指導をめぐる環境変化は、以下諸点に整理されるだろう。

① マクロ統計から、最近 10 年間の工業高校の就職動向は、全体的に上昇しているが、リーマンショックなどの経済状況の影響は地域に応じて異なっていた。

② 調査対象校単位でみると、流入地域では卒業者数が増加し就職率も上昇した。他方で流出地域では、卒業者数が減少したが就職率は比較的安定的であった。安定地域は長野 M 工業高校のみであるが、生徒数は微減したものの就職者が増加した。

③ 各校での教員ヒアリングによれば、入学者像や生徒像、彼らの職業観・勤労観が多様化してきた。そうした生徒に向けた進路指導・キャリア教育は、多くの学校が 1 年次から企業見学を行い、また数日間のインターンシップを中心とした職業体験活動や実地学習を導入している点に工業高校の特徴がある。2000 年代後半以降、デュアルシステムを導入する学校(地域)が見受けられるが、明確な実施方法などは共有されていない。

④ 流出地域では軒並み県内就職率が上昇したが(第 2 章)、工業高校を学校単位でみると、県内就職率が上昇した学校(地域)と低下した学校(地域)に分化していた。多くの流出労働地域では、10 年前に比べて県内企業の求人タイミングが早期化したが、それが県内就職者の増加に結実するかは一意に決まらない。県外企業による採用活動のやり方と、各校に寄せられる県外求人の質と量に規定される部分は大きいと考えられる。

⑤ 工業高校女子生徒の労働市場における価値が高まりつつある。この背景には、2010 年代の女性活躍関連政策の動向と建設業・製造業など各業界での施策があり、人手不足も相まって、労働市場と企業の経営戦略における女性労働力の位置づけが変化した。これにともない、従来の工業教育やものづくり言説のイメージに質的な変化が生じる可能性があり、就職指導においてもジェンダーへの敏感さが求められるだろう。さらに、発達障害や外国籍を有する生徒など生徒像の多様化にともない、多様なニーズに対応した個別的な就職指導の必要性が高まっている。この背景には近年の教育学的言説の影響や人の移動のグローバル化からの影響が推察され、工業高校での職業教育や就職指導をめぐる従来の考え方や
やり方だけでは対応困難な状況が生じている。総じて、多様な工業高校生像に対応した支援体制とはどういうものかが雇用・労働政策の観点から議論される必要性が高まっている。

構造的な変化は、市場や経済に限られない。人びとの仕事意識や実態、あるいは教育領域における課題の遷り変わりも、根本的で重要な変化である。工業高校をとりまくそれらの変化は、市場や経済の構造的・一時的な変化とあいまって、工業高校生の就職とその指導をより複雑なプロセスにしていくものと考えられる。

引用:「日本的高卒就職システム」の現在第5章

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